世にも珍しい興味深い作品が、最近ペテルブルグより官費で刊行された。それは千島諸島の海洋調査中に、士官二人と水夫数名と共に日本人に捕らえられたロシア軍艦の艦長による、二年余に及ぶ日本での幽囚体験と観察からなる手記である。西洋人に対して、日本は二世紀にわたってその門戸を閉ざして来た。その内地で生活した著者の報告は、この注目すべき国民の風俗習慣や国民性に多くの新真実を提供することになるだろう。……」  1817年12月23日付けのタイム誌

『日本幽囚記』は、江戸期に通商を求めて来日したロシア使節と、鎖国を国是にそれを断った日本側双方の誤解から生じた蛮行事件が原因となって、時前後して地理調査のためにクナシリ島に来航したロシア皇帝艦のゴロヴニン艦長が、日本警備隊に捕らえられ幽囚されてから、後に高田屋嘉兵衛等の活躍で釈放され帰国するまでの2年3ヶ月に及ぶ日本での日常を克明に記録したものです。
 本書の中でゴロヴニンは、自らが囚われの身であったのにも拘らず、日本人を「世界で最も聡明な民族」であり、「勤勉で万事に長けた国民」であると好意的に評価し、それまでの「クリスチャンへ理不尽な迫害をもたらす」野蛮な国民であるというヨーロッパの否定的な日本人観を一変させました。

 本書の翻訳には1824年に刊行された英訳書を底本に、ロシア語原著を校定本として用いました。この英訳書の中には、当時の各種事情から、原著のロシア語版からは検閲によって削除された文章がいくつか、そのままの形で収録されております。こうした意味において、本書は既出の訳書にはない新たな光を与えるものになりました。

日本幽囚記 I

ゴロヴニン艦長の手記 1811,1812及び1813年

ゴロヴニン著 斉藤智之訳 A5版 272 pp.  ¥1,430.-

第一章

 スループ艦ディアナ号の航海/航海準備 / 千島諸島を探検した航海家達 / わが測量計画 / レザノフ遣日使節 / フヴォストフ事件 / 択捉島における初めての日本人との接触 / 千島人 / わが客人アレクセイの話 / 日本側の非友好的な行動 / 国後島における日本人との会見 / 日本人の陰謀術策 / 拉致

第二章

 残酷な捕縛法 / 水夫マカロフの体験 / 松前島へ /

第三章

 箱館での獄中生活 / 箱館長官との会見 / フヴォストフの文書

第四章

 松前への移送 / 松前への到着 / 松前長官との会見 / 獄中生活/ 尋 問 / 日本人の心遣い / 翻訳の苦労 / アレクセイの証言

第五章

 待遇の変化 / ロシア語を学ぶ貞助 / 松前での日々 / 新年 / 脱走計画 / ムール君の変節 / 首都から来た測量士 / 散歩の許可 /

第六章

 新居 / 脱獄


日本幽囚記Ⅱ

ゴロヴニン艦長の手記 1811、1812及び1813年


ゴロヴニン著 斉藤智之訳 A5版 208 pp. ¥990.-

第七章

 山中の彷徨 / 再び捕縛される / 奉行の尋問

第八章

 松前の獄舎 / 新しい奉行

第九章

 転居 / リコルド君の手紙 / ムール君と和解 / 奉行の死 / レオンザイモの証言/

第十章

 露日交渉に向けて / 日本の学者達 / レオンザイモへの尋問 / ムール君の奇妙な振る舞い / ディアナ号再び / シマノフと海外事情 / 首都からの命令書

第十一章

 松前最後の日々 / 箱館へ / 太田彦助のこと / ディアナ号の到着 / 高田屋嘉兵衛 / リコルド君との会見 / 真に正しきことは

第十二章

 日本人達の来艦 / カムチャッカへ / ムール君の死

ゴロヴニン略歴


日本幽囚記 Ⅲ

日本国と日本人論


ゴロヴニン著 斉藤智之訳 A5版 160 pp. ¥880.- 日本回顧録
第一章 地理的状況、気候と面積 / 
第二章 日本民族の起源 /
第三章 国民性、教育と言語 /
第四章 宗教と宗教上の儀式
第五章 帝国の政治 /
第六章 法と習慣
第七章 天然物、工業と商業 /
第八章 人口と軍事力
第九章 日本に貢物をする民族と日本の植民地
賢明な和議
あとがき
主要参考文献

日本政府は、庶民が自分達のもつ知識水準で満足し、自国の生産品を使い、海外の科学技術と共にその風習が日本に根付かないように外国のものはどんなものでも使用を禁じた。日本の近隣の国々は、神慮が日本の立法者達にこのような考えを奨励していることに感謝せねばならない。そして日本人が従来の方針を変更して、ヨーロッパのような政策を取ることのないよう努力しなければならない。人口が多く、聡明で感受性が強く、模倣が上手で、忍耐強く勤勉な、この万事に長けた国民が、外国のものなら何でも模倣しようとし、わがピョートル大帝ほどの君主をいだけば、日本が持つ能力や富源とあいまって、この国民は数年のうちに東洋の王者となるであろう。……

 しかし、海外のものならどんなものにも深い嫌悪の反応を示す日本や清国の政府も、現在の方針を変えることはあり得ないことではない。
両国が自ら望まなくても、必要に迫られてそのように仕向けられるようになるかもしれない。フォボストフのような攻撃がしばしば繰り返されれば、おそらく国家をかき乱すこのような一握りの無法者を撃退するために、そのような対策を講じるようになるかもしれない。こうした事態に至れば、ヨーロッパに倣って軍艦を製造し、それがやがては艦隊となり、この方策が功を奏せば、同様に人類を絶滅に至らせるほど〝開明化された”私達の他の手段をも採用するまでに至るであろう。
このようにして、ピョートル大帝ほどの天才が介在しなくても、ただ情勢の赴くままに、ヨーロッパのあらゆる発明が徐々に日本に根付いていくであろう。……それ故私は、この正義感が強く高潔な国民を怒らせるような真似は決してしてはならないと考える。……私は、日本人と清国人がヨーロッパ諸国のような方針を取り、直ぐさま私達の脅威になると述べているのではない。しかし、私達が子孫に恥じるような真似はしないよう注意せねばならない」
『日本幽囚記 III 日本国と日本人論』 国民性、教育と言語


日本幽囚記 Ⅳ
 

 フヴォストフとダヴィドフの航海

ゴロヴニン著 斉藤智之編訳 A5版 80 pp.  ¥660.- 2018年3月

本書は、『日本幽囚記』英語訳第2版(1824年)に収められた「フヴォストフとダヴィドフの航海」の文章を底本として、近年のこの分野の研究成果から、何点かのロシア側関連資料を加えて日本語訳を試みたものです。この二人の青年士官たちの日本人への不当な攻撃が、ゴロヴニンとその同胞を幽囚へと導くことになりました。かれらを敵対行為に向かわせた理由は何か。
本書は日本を軸とした従来の史観から離れ、本事件をロシア側の視点から見ると、どのような風景が拡がるのかを描こうとしたものです。

目次
序 / 第一回航海 / 名誉への燃えるような情熱 / 父親と訴訟 / ダヴィドフとの出会い / オホーツクへの陸路 / 盗賊との遭遇 / ヤクート人の風習 / 毛皮交易 / カディヤク島へ / オホーツクへの帰路 / 帰郷 / 第二回航海 / 新たな挑戦 / レザノフの遣日使節 / 再びアメリカへ / 日本遠征計画 / ユノナ号とアヴォシ号 / 追加指令書 / オホーツクでの受難 / 脱獄 / 漕艇部隊を率いて / 聖イサクの橋 / 終章 / 訳者あとがき


対日折衝記

一八一二年と1813年における日本沿岸航海と日本人との交渉


リコルド著 斉藤智之訳 A5版 改訂版第3刷 128 pp.  ¥770.-

 日本船の全乗組員は六十名ほどであったが、船長だけが私の元へ連れてこられた。彼の立派な絹服、刀、その他の容貌は、彼が相当な人物であることを指し示すものであった。私は直ぐに、彼を艦長室へ招き入れた。彼は私に充分な敬意を表して、日本流に挨拶した。私が危害を加えるつもりはないことを示すと、彼はいとも気軽に船室の椅子に腰を降ろした。それから私は、僅かではあるが良左衛門(レオンザイモ)から習い覚えた日本語で彼に質問した。彼は、名前が高田屋嘉兵衛(タカタイ カヒ)であること、職業は船頭船持ち(シンド フナモチ)であることを告げた。……」
捕らえられた艦長達の消息を聞き出そうと、副艦長リコルドは海上を通りかかった日本船を拿捕する。それに乗船していたのが高田屋嘉兵衛だった。嘉兵衛自身が事件を口述した『高田屋嘉兵衛遭厄自記』と並んで、二人の交渉の過程を明らかにした唯一無比の書。 新資料を加えて改訂。


『日本幽囚記』の世界


――アイヌモシリー・罪と罰・戦争と平和――

斉藤智之 A5版  160 pp.  ¥1320.- 2021年3月

司馬遼太郎が「文学性もあり、記録性もある、世界の財産みたいな本」だと称えたこの作品から、日本人の「民族観」「宗教観」「法律観」「戦争観」を論考します。

目 次

ワシリィー・ゴロヴニン略歴

一章 アイヌモシリ

アイヌとカムイ / 和人とアイヌ / ロシアの千島進出 / 和人のアイヌ観 / アイ ヌと疱瘡 / アイヌと蝦夷三官寺 / アイヌと宣教師

二章 日本民族の起源

三章 日本の宗教

神道 / 仏教 / 儒教 / キリスト者の反論 / 理神論 / 星辰信仰 / 日本人とキリスト教

四章 罪と罰 

江戸の刑罰 / 敵討をめぐる諸相 / 明治以降の敵討 / 火罪と逆罪 / 鶴御成 / 聖と俗 / 拷問〔牢問〕 / 内済 / 獄舎 / 連座 / アイヌと法律

五章 戦争と平和

祖国戦争 / 江戸の兵学 / 仮想敵としてのロシア / 鎖国と平和 / 日本人と勇気 / 鎖国と永遠平和 / 文化露寇と『防海策』 / 和戦両論の間で / ペリーと砲艦外交